鎌倉高校の何気無い日常 再び 2







  「みんな良く聞いてくれ」


有川将臣が望美のクラスに入ってきて、言った。


  「有川? どうしたんだ?」


  「有川君、教室、隣だよ」


  「OK、これから大事なことを伝えるからな。
   そのための許可はクラスの担任からもらってる」


  「何だよ? 将臣」


  「来週の調理実習のことだ」


  「はぁ? 何でお前が調理実習について、他のクラスで語るんだ?」


  「川端、お前だって1年生の時の事、忘れたわけじゃ無ぇだろう」


  「1年の時って……、あ」


川端、と将臣から呼ばれた男子生徒だけでなく、3年6組の生徒全員が、春日望美の席を注目した。


  「あれ? 春日は?」


  「春日さんならさっき星先生たんにんに呼ばれて……。そういうことか」


  「OK、解ってくれてなによりだ。じゃ、時間も無いことだし、本題に入るぜ」


  「でも、調理実習は3学期で対処方法たいしょほうほうが見つかったって聞いてたけど」


  「ああ、私も」


  「将臣の弟を使えばって話じゃん」


  「残念だが、その有川譲たいしょほうほうが今回は使えない」


  「え!?」


  「弓の県予選しゅっちょうでいないンだとよ」


  「え…、それって……」


事態の深刻さを理解した3年6組は重い空気に包まれ、誰1人、何1つ、物音を立てる者などいなかった。


  「そこで」


有川将臣は教室を一回り見渡してから言った。


  「別の手を考えた」


  「別の?」


  「手?」


  「他にまだ、何か方法があるの?」


誰かのゴクリと喉を鳴らす音が、妙にはっきりと聞こえた。


  「ある」


ほ〜っと何人かが安堵の息を吐く。


  「ただ」


  「『ただ』?」


  「何? 何? 将臣君、勿体ぶらず早く言ってよ」


  「鵜野、お前、3年間望美と同じクラスなんだ」


  「そうよ。で? 『ただ』の続き。望美も職員室から帰って来ちゃうから」


  「OK。今度の手はクラス全員の協力が必要なんだ。それも望美に知られずに」


  「クラス全員の?」


  「春日に知られずに?」


  「どんな協力?」


  「それは、だな…













  「はい、それでは調理実習じゅぎょうを始めます」


  「起立」
  「礼」
  「着席」


  「え〜、前回の授業でお伝えした通り、今日の調理実習には聴講生の方がいらっしゃいます。
   皆さん、拍手でお迎えしてくださいね」


そういって家庭科の鈴木教諭は、いつにも増して緊張と、更にはなぜか興奮している口ぶりでそう言い終わると
調理実習室の入り口に行き、廊下に立っていた件の聴講生を招き入れた。


  「平敦紀君です。さ、では平君、簡単に自己紹介をしてください」


そう言って背中を鈴木教諭に押されるようにして、教室に入って来た聴講生を一目見て、
実習室中の生徒がパニックに近い動揺を覚えたのだった。


  「あ、有川……、男って、言ったよな」


  「え〜〜〜〜〜! 嘘っ、嘘〜! 綺麗な人!!!」


  「に、人間ってここまで綺麗な顔だちに生まれられるの!」


  「男かよ! 神様って不公平だぜ!」


  「将臣く〜〜ん!!!」


  「あたし、女である自信、無くなった……」


  「あぁ〜……」


鈴木教諭に促されて、教壇の中央に立った敦盛は、クラス全員の視線を浴び、緊張しながら


  「た、平敦も、いや、コホン、……平敦紀…です。
   このたびは、将臣d、いや、有川将臣君の紹介で、授業の聴講をさせて頂けることになり感謝している。
   極力、皆の授業の邪魔にならぬよう心がけるので、よろしく申し上げる」


  「じゃあ、平君、真っ正面の2班の席に座ってください」


  「二班……?」


すかさず望美が手招きして、


  「敦m、敦紀さん、こっちです」


  「ああ、神子。分かった」


そう言って敦盛は、鈴木教諭に一礼して教壇を降り、望美の隣に新たに設えた椅子に座った。


  「分からないことがあったら、何でも聞いてくださいね」


  「神子、そうだな。疑問はすぐに尋ねよう」


  「どんな事でも、ですよ」


  「分かった」


教室中の、うっとり見つめる視線が敦盛に、
そして、ホンの数秒前までは存在しなかった、刺すようなトゲトゲした視線が望美に、向けられるのだった。


  「では前回の授業で学習した手順に従って、各班、調理を開始してくださいね」


いつもなら教室のムードに敏感な鈴木教諭も、今日は自らが浮き足立っていて、気が付けないでいたのだった。













  「OK。今度の手はクラス全員の協力が必要なんだ。それも望美に知られずに」


  「特別に聴講生が来るって鈴Tが言ってたことと関係があるのか?」


  「ナイスなツッコミだぜ、松本。
   いいか、協力っていうのは他でもない、その聴講生の面倒をすべて望美にさせるんだ」


  「その聴講生って、女か?」


  「いや」


  「なんだ、男かよ。だったら将臣に言われなくても、面倒見る気は無ぇよ」


  「松本、言ったな」


  「ああ、言ったよ」


  「OK、その言葉、忘れないでくれよ」


  「当然じゃん、誰が虚弱ッキーな男の面倒を、好きこのんでみるもんか。なぁ」


クラスの男子生徒ほぼ全員が、松本の言葉に力強く同意した。


  「その人、かっこいい?」


  「カッコイイ?? う〜ん、何をもってカッコイイとするかにもよるが、ちょっと違うな」


  「なんだ、じゃ、あたしパス」


  「いいんだな、パスして」


  「格好良く無い男子なんて興味ないもんね、あたし」


クラスの女子生徒ほぼ全員が、その言葉に同意した。


  「OK、それなら安心だ」


  「安心?」


  「将臣、それ、どういう意味だよ?」


  「そいつの面倒をみること、そいつの質問に答えること、その他、その聴講生に関することは一切、
   望美に絶対応対させるんだ、いいな」


  「大丈夫だって」


  「そうそう」


  「お前達は、何があっても、どんな状況になっても、2人はいないものとして
   粛々と調理実習を遂行してくれ」


  「楽勝」


  「それより、そんなことくらいで大丈夫なのかよ、有川?」


  「ああ、大丈夫。譲の時だって上手くいったろ」


  「まあ、そうだったな」


  「OK、じゃ、しつこいけど、絶対に聴講生の面倒は望美にさせて、
   お前達、絶対に手ぇ出すんじゃ無ぇぞ、いいな」


  「大丈夫だって」


  「そうそう」


クラス全員で、唱和するように大きく頷いて言った


その言葉を


後に、クラス全員が後悔することになる。











10/07/23 UP

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